そろそろ梅雨の長雨も引き際を模索中なのか、
ふっと晴れ間が覗けば、
夏を思わすような青空が広がり、
それへ拮抗するかのような鮮やかな緑を、
目映い陽射しが明るく弾く。
「…せ〜な?」
濡れた土の匂いや、草いきれの香が上がって来る庭先の白、
濃密な陰で縁取るような屋内の板張りの上、
コツンと堅い音がして。
おややぁ?とお顔を向けて来た仔ギツネ坊や。
丁度、足をすすぐ桶を持って来るねと、
書生くんの立ち上がった間合いだったので。
彼の落とし物だと思ってのこと、
その足元を濡れ縁の上、少し高い床に見やり。
「あ…っ、と。」
当然ということか、
落とした本人もまた、すぐ足元を見下ろして。
外の明るさのせいで、こちらはずんと陰って暗い中、
透明度の高いその小さな玉は、
ちょっと見だけでは探さねばならない存在だったが。
輪郭がキラリと濡れたように光ってのこと、
ここだよと囁きかけてくれて。
いけない いけない、
いつも仕舞ってる錦の袋に入れてなかったと、
屈んで拾い上げながら、
「進さんにもらったんだよ、これ。」
「うや? ちゅき神?」
ははは…まだそう言うか、との、
しょっぱそうな苦笑とともに、
幼さの残るお顔で、そうだよと小さな弟分へ頷いて、
「お護りになればって。」
本当ならば、こちらから祈りを込めた何かしら、
捧げなきゃいけないんじゃなかろかというのにね。
歳末になる生まれ月には必ず何か贈って下さる、
それはお強くて、それは優しい守護神様。
それも守護の力のためか、
多少落としたくらいでは砕けもしない丈夫さでもあって。
「きぇいねぇvv」
小さなお手々へ1つ載せてもらった仔ギツネさん、
きゃ〜いと可愛らしいお声を上げたが、
「きぇい、きぇいねぇvv」
………………はい?
気のせいか、同じようなお声がもう一回立ったような。
違和感を覚えたのは、
すぐ目の前にご本人の坊やがおいでだったからで。
だが、二度目のお声は少し離れたところから聞こえた。
え?とお顔を上げた瀬那くんや、
はや?と肩越しに振り返りかかってた、
仔ギツネくうちゃんの視線の先にいたのは…といや。
「………くうちゃん? 弟さんいたの?」
「ちらない。」
真ん丸まろやかな、ふわふかな頬に、
栗色の髪を引っつめに結った坊やがもう一人。
何なになぁにと、二人の手元を覗き込んでおり。
一丁前な藤色の小袖に藍の袴といういで立ちからして、
わざわざ揃えたように色柄も同じと来て。
「そっからして不自然だろうが。」
「あ、お師匠様。」
「おやかましゃまvv」
うう〜んっと言葉も無くなってたおちびさんたちの困惑を、
少し離れたところから面白がって見ていたらしき、
当家の主人こと、うら若き術師の陰陽師殿。
ちょいと意地悪そうな笑みを肉薄な唇へと浮かべた、
金の髪したお師匠様。
後から現れて、
こちらさんはキョトンとしたお顔でいる坊やの頭を撫でてやれば、
「ひゃんっvv」
幼子らしい声とは、少々言い難い鳴き声とともに、
ぽんっという軽やかな音がして。
しゃぼん玉が弾けたような、
そんな ぱちんという小さな衝撃とともに、
坊やが消えたのと入れ替わり、そこには別の子が座っており。
「あ…………。」
「こぉたんっ!」
お顔の寸がちょこっと詰まった、
まだまだ仔ギツネでございますという幼さの、
小麦色の毛並みした、正真正銘、四ツ足のキツネさんが座っておいで。
「こぉたん、こぉたんっ。」
くうちゃんには見覚えがあるものか、
しきりと名らしい呼びようをし。
仔ギツネのほうでも、
小さく尖った鼻先を、坊やの小さなお手々へ擦り付けるから。
顔見知りじゃああるらしかったが、
「え? え?」
でもでも、ちょっと待って下さいな。
ここまでちゃんとした“人”へ変化(へんげ)出来る存在って、
そうそう、いるもんじゃあない筈で。
“しかもこんなに小さい子なのに?”
くうちゃんが小さいながらも変化出来るのは、その血統のせい。
天世界で神様のお使いを務める“天狐”を束ねる、
現当主の世継ぎであり、次の当主なればこその生まれながらの力のせいであり。
本来ならば、いくら天で生まれた存在であれ、
こうまで幼いうちから能力が発現することはまずないのだとか。
(朽葉さんの証言より。)
だっていうのに、こちらの仔ギツネさんは、
「こぉたん、ぽんっ!」
くうちゃんが小さなお手々をぽんと、
自分のお胸の前で合わせれば。
ちいさいなりにも既にすんなりした肢体だった仔ギツネさんたら、
小首を傾げたポーズのまま、再びさっきの坊やへ戻る。
「……………え?」
「言っとくが、くうの念動力のせいじゃねぇから。」
こちら様は、白麻の小袖に淡い正青の袴といういで立ちのお師匠様、
細い腕を組んでのくすすと笑い、
「覚えてねぇか?
いつだったか、虎ばさみに挟まれた仔ギツネがいただろよ。」
「あ…。」
こちらのお館様名義の裏山は、それのみならず、
人や邪妖の滅多な侵入をも遮るための結界が、
厳重に張られてあるのだが。
欲の皮の突っ張った存在には効果が薄いか、
勝手に入り込む密猟者がたまにいる。
そんな輩が、一体何を目当てのそれだったやら、
大掛かりな罠を仕掛けていたところへ飛び込んでしまった仔ギツネがおり。
瀕死の重傷を負ったの、何とか救って差し上げたという顛末が、
そういえば何年か前にあったような。
「でも、あれって…。」
野にある動物たちは、人とは育つ早さが違う。
くうちゃんが人の子と同じ速度でゆっくり育つのとは、
比にならぬはずなのに、
この子はキツネの姿もさして大きくなってはない。
「うん。俺もな、この子を見かけたときは驚かされたが。」
先程からさして驚いちゃいないところからして、
既に先んじて知ってたらしき蛭魔が言うには、
「あまりに深い怪我だったのでと、
天世界から持ってきた薬とやらも投与されていたからな。」
ただ単に効果の大きい薬だっただけじゃない、
傷口を冒す菌の進攻を抑える意味からの、
成長抑制の効果が出る成分も多少は入っていたらしく。
「あの後、姿を見なくなっていたのは、
すぐにも大人になって別の縄張りへ移ったかと思っていたんだが。」
うう?と、幼子の姿にて小首を傾げるもうひとりのくうちゃんこと
「こぉたんvv」
こぉたんとやらは、天世界でのくうちゃんのお友達になっていたらしい。
「そうだったんですか。」
確かに、そういった“特別”な存在となってしまっては、
普通に野に放たれたとて、他の狐らとは交じわれまい。
そこでと この数年を天世界で過ごしていたらしく、
「その間に修行をして、
ここまで出来るようになったってんだ。
ちびセナ、うかうかしてっと追い抜かれっぞ?」
「はやや〜っっ。」
それはさすがに面目が立ちませんと。
そちらさんもまだまだ小さなお手々へ、大事な玻璃玉を握りしめ、
頑張らなくちゃと決意した書生くんだったそうで。
そんな小さなお兄さんの傍らでは、
そちらさんもそれが弱点なのか、
ふさふさのお尻尾だけは仕舞い損ねて、
小さなお尻にふわふわ揺らし。
そっくりなお友達と頬擦りし合って、
屈託なく微笑っておいでだったそうな。
〜Fine〜 11.06.25.
*そういやそんな仔ギツネさんがいたなと
ふっと唐突に思い出しまして。
(『走れ・走れば・走るとき』)
さてさて、
瓜二つな坊や二人ですが、
おとと様やあぎょんさんは見分けがつくのかな?(こらこら)
めーるふぉーむvv

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